●蛇の印象
蛇というと、好きな方はあまりいらっしゃらないでしょうね 私も好きではありません。 聖書の中でも蛇はイブをそそのかした悪者になっています。
嫌いなものは、理屈抜きに嫌いですね。 ただ、私が蛇が嫌いであるということと、 蛇が悪者であるということは、 別の話だと思うのですが。 どうかすると、「嫌い=悪者」になってしまいます。
「蛇のようにしつこいやつ」
蛇がほんとうにしつこいのかどうかは、確かではないのに、 嫌いだから悪者にしてしまっています。
●経典の中の蛇
聖書の中では、先程も触れたように、 蛇は、イブをそそのかした悪者です。
仏教の経典ではどうでしょうか
華厳経の中にこんな一文があるそうです。
牛が水を飲むと乳になる 蛇が水を飲むと毒になる
雰囲気でてますね。
仏教の中でも、蛇は常に悪者なのでしょうか。
ところが、発句経の中では、蛇は、脱皮することから、 「新生」「成長」「変化」するものとして、 「求道者のあるべき姿は蛇のごとくである」 と記されています。
さらに、蛇は古語では「へみ」「はみ」 (今でも「うわばみ」っていいますよね) とよばれていたようですが、 これに漢字を当てはめると、通常の万葉がなの感覚では 「部」と「美」で「へ」と「み」なのですが、 古語では「経身」と書いて、「へみ」と読ませたそうです。 日本人の素晴らしい感覚を感じます。
仏教では、特に禅では、その時々に応じて、 とらわれや、先入観を持たずに、 すべてのものを活かすことを大切にします。
●経営を振り返って
このことを、経営の現場に当てはめて考えてみましょう
先入観が持ち込まれていませんか。 自分の好き嫌いの感覚を、そのまま 善悪の感覚に置き換えていませんか。 「新生」「変化」「成長」を、 蛇が脱皮するかのごとく続けていますか。
経営者としての正しい判断は、 先入観からは生まれてこないのではないでしょうか。