●私もやってみました
昨日は、あいさつについて書かせていただきました。
昨日の文章を読んで、 早々に自分もやってみたという方が、もしいらっしゃったら、 あなたは、素晴らしい『jiririta.com』の同志です。 心から感謝いたします。
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実は、私も このお話を聞かせていただいた翌日の朝に、やってみました。
もう、8年も前のことだと思います。
当時、私のうちでは、私が先に起きていて、 私の奥さんが少し遅れてあとから起きていました。
二階に寝室があり、下りてきた奥さんに、 「おはようございます」とやってみたのです。
やはり初日は、キョトンとしていました。
二日目も「おはようございます」とやりました。 「きのうから、どうかしたの?」という返事。
懲りずに、三日目も「おはようございます」とやりました。 うちの奥さんも、三日目には、 「おはようございます」としっかりと返してくれました。
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それ以来、我が家では、 毎朝「おはようございます」が習慣になりました。
だからといって、夫婦喧嘩が減ったわけではありませんが、 前の日にどんなに喧嘩をしていても、 次の日の朝には「おはようございます」になりました。
●ところがです
当時、私の娘は三歳だったと思いますが、 娘にも「おはようございます」とやってみたのです。
初日です。 私の「おはようございます」 の声が終わるか終わらないかのうちに、 「おはようございますっ!」 と私の声の何倍も大きな声で、 返事が返ってきたのです。
私は、びっくりしてしまいました。
三歳の娘はまだ幼く「無知」かもしれませんが、 自分の回りに起こった現象に 正しく迷わず対処する「智慧」を、 大人の私たちよりずっと持っていると。
●私達おとなは、「智慧」を失ってしまったのでしょうか
幼児がもっているこの「智慧」を、 私たち大人は、もう失ってしまったのでしょうか。
決してそんなことはないと思います。
実は、私たち大人も、 心の中には、今でも 「智慧」があふれているのだと感じます。
ただ、その「智慧」に気づかないだけ、 あるいは、「智慧」を見失っているだけなのだと感じます。
私たち大人は、 「智慧」にたくさんの殻をかぶせて 生きているのだと感じます。
あいさつの重要性は誰もが認識していることです。 しかし、私たちが日頃しているあいさつは、 ただ単に儀礼として交わされているのではないでしょうか。 人を感動させ、人を動かすことのないあいさつは、 本物のあいさつとは言えないと感じます。